初女(はつめ)さんのおむすび

 青森県岩木山麓にある「森のイスキア」を主宰する佐藤初女(さとうはつめ)さん(90歳)のおむすびを食べて、自殺を思いとどまった人もいる。「森のイスキア」には、不登校、病気、経済的な問題に直面し、心が疲れた人や生きる方向を見失った人が全国から数多くやってくる。初女さんは、そうした人たちと食卓を囲み、話を聞く。拒食症に悩む20代の女性は、「心の傷をいやしてくれるということではなくて、穴のあいた私の心をしっかり抱きしめてくれることを全身で感じました。初女先生に話を聞いていただき、食事をよそっていただいているうちに、食べることのできたかつての自分に出会えたのです」と語る。
 苦しんでいるときや、相手を信頼できないときは、なかなか食べることができない。しかし、人はあるがままの自分を受け入れられていると実感できたときに、食べることができるのだ。初女さんに話を聞いてもらい、食事をいただくと、どれほど思いつめた表情の人も、「新しい人生に旅立つ勇気をもらいました」「心が洗われて、自分を見つめ直すことができました」と言って、さわやかな表情で家路につく。この活動を支援する人たちの寄付により、建てられた宿泊施設が「森のイスキア」である。(イスキアとはイタリアの火山島の名で、そこを訪れた青年が、新たな力を得て現実の生活に立ち戻れたというエピソードがある。)
 1921年、青森市に生まれた初女さんは、17歳の頃からカトリック教会に通い始めるが、裕福だった女学校時代、父親の事業のため破産する。その心労から肺を患い、長い闘病生活を送ることとなった。何度も喀血を繰り返す中で、薬よりも食べることで元気を取り戻していったという。やがて小学校の教師となった初女さんは、26歳年上の校長と結婚、結婚後は弘前学院短期大学で非常勤として家庭科を教えていた。しかし、夫が55歳で天に召され、病弱だった初女さんが命がけで産んだ息子を9年前に亡くした。初女さんは、「苦しみを乗り越えたときに、恵みがやってくる」と自分の体験から言う。そして、「友のために自分の命を捨てる、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15:13)とのイエス様の言葉に従い、家族を失った悲しみを胸に、苦しみにある人たちを家族のように迎え入れるのだ。「受け入れる人、聞いてくれる人がいないのが今の社会です。話せる人、受け入れてくれる人と出会えないので、皆悩んでいます。私の場合は、無条件で、自分の中の考えを持たないで、お会いする、それだけだと思いますよ。それと、食というのは、これほどストレートに心を伝えるものはないので、食べておいしいと感じたときに、その人がスーッと変わっていくのですね」と初女さんは言う。
 毎日のように、様々な人と話をする初女さんである。「『こういうところがいやだなあ』と思うような人に出会っても、『神さまはみんなを等しく愛している』と思えば、あれこれ批判せずにすむ。大金持ちの人や最高学府で学んだ人と会うときも、『神さまの前ではみんな同じだ』と思えば、心がとても楽になり、自分を卑下することもない。また、人のお世話をして、裏切られたり、誤解を受けても、神さまが正しい判断をしてくださると思うと、どんなことも受け止められる。『恐ろしいくらいはっきり、ものごとの結末とか、神さまのなさりようを見せてくださるものですから、わたしは神さまのお答えを待つようにします。生き方の基本は、キリストです』と語る初女さんは、真の意味で、世を治めている。謙遜に神を畏れかしこむが故に、この世を善くして行くための力が与えられるのだ。
御翼2011年5月号その4より


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